有希 暗色系の暖かそうなコートに身を包んだ少女がドアを開けて入ってくる。 有希 外の冷たい風とはうって変わり、部屋の中の温かい空気に表情を緩めつつ、 有希 「こんばんは、ここ最近寒くなったわね」 有希 と、適当な挨拶を交わし、カウンター真ん中辺りの席に座る/ _5_有希 「…そうね、まぁそんなに忙しかったわけではないのだけれど、ね。」 _5_有希 「久しぶりだから、『いつもの通り』とは言っても通じないかしら?」 _5_有希 期待を込めたような目で問いかけると、マスターは微笑をうかべながら否定し、 _5_有希 お馴染みのウィスキーグラスにロックを入れる。 _5_有希 その所作をじっと見つめる顔立ちや背格好はまだあどけなさを感じさせるもののはずなのだが、 _5_有希 表情や佇まい、それこそ身に纏う雰囲気としか言いようがないが、それは妖艶さを感じさせる。 _5_有希 「…えぇ。ありがとう」グラスを受け取ると、軽く音を立てて揺らしてから口に運ぶ。 _5_有希 わざとゆっくり時間をかけるように一呑みした後、グラスをカウンターに置き _5_有希 意味もなく左手で机を撫でながら、店内のピアノがある辺りにばんやりと目を向ける。 _5_有希 暫くそのまま、さりげなく聞こえてくるジャズピアノの音を聴くともなく聴いていたが _5_有希 「……此処に来てからまだ数年しか経っていないのに、それがとても長い事のように感じるのよ」 _5_有希 「…えぇ、確かに変化が激しいからこそ、そう感じるのでしょうけど。」 _5_有希 「え?…別に嫌なわけじゃないわよ。むしろ変化に富んだ今の方が好きなんだと思うわ」 _5_有希 目線を変え、身体を後ろにそらしてから、左手でグラスを口に運ぶ。 _5_有希 「まぁ、必ずしも良い変化ばかりとは限らないのだけれど」マスターに苦笑してみせる。 _5_有希 「まだこうして、生きて、…自分の思うようにやれている、ということが不思議な位なのだからと、ね。」 _5_有希 グラスの中の氷を優しげな表情で見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。 _5_有希 「…前向き、ねぇ。そうありたい、とは思っているけれど、なかなかそうは成れないし」 _5_有希 「でもそう言われて悪い気はしないわね、ありがとう」少し困ったような目をして笑う。 _5_有希 「…大変な仕事。」首を傾げ「そうね。うん、そう言えるでしょうね」 _5_有希 「そういう実感は無いのだけれどね」「私にはそれが出来るし、そう感じるということは、私がやるべき事だということになるのでしょうから」 _5_有希 「…いいえ、そんなに大層なものではなくて、私の場合は私欲なのよ。」 _5_有希 左手を顎先にあて「誰か他者の為、が先なのか、自分の為が先なのか、と言うことよね」 _5_有希 「あまり哲学的な問いになってくると、詳しくないものだから、ちゃんと答えられないけれど」 _5_有希 「私は、そう感じるように出来ているから、というのが一番しっくりくるのかしら」 _5_有希 残ったウィスキーを飲み干し、「久しぶりに来れて良かったわ。ご馳走様」 _5_有希 その席に座ったまま、姿を消した。/